タクシーのおっちゃんが言うてた「幸せな仕事」

この前、タクシーに乗ったらその運転手のおっちゃんが言うてたんや。

「嫌な仕事をストレス抱えながら何十年も定年まで勤め上げること、
そういうのはホンマにすごいし立派やと思うんやけど、
給料が少なくてもホンマに自分のやりたいことやって、
ストレスも減って毎日楽しく働くのが幸せいうものかもしれまへんわ」

そのおっちゃんは有名大学を出て有名企業に入ったらしいんやけど、
人間関係に悩んだり、極度のストレスで体にブツブツができたりして、
「もうアカン!こんなとこにいたら自分がおかしなってまう!」
そう思って、給料はそこそこよかったらしいんやけどその会社を辞めたんやて。
そんで今のタクシーの運転手に転職したらしいんや。

世間一般ではそういうのを「負け組」言うのかもしれへん。
せっかくええ会社に入ったのに勿体ないとか、
有名大学出てるんやったら他にもっとええ仕事あるでとか、
そんなことを思う人が多いのかもしれへん。
せやけど、そのタクシーのおっちゃんは言うてた。

「世間的には自分はどう思われてるのかは知りませんけども、
自分は昔から車を運転することが好きでしたし、
こうやってお客さんと気楽に喋りながら仕事するのも楽しいですし、
もしかして、これが自分にとっての天職なのかもしれませんわ(笑)」

幸せいうのは人それぞれ違うもんやから、
何が幸せか、どういう生き方が幸せかは人それぞれであって、
人それぞれに幸せの答えが違うもんやから、
そのタクシーのおっちゃんが今幸せならそんでええねん。
そのおっちゃんの生き方に他人が口出すことちゃうねん。

ただ、この前、酔っ払い客を乗せたらしくて、
その時ベロベロになった客にさんざん文句言われたり、
髪の毛を掴まれたり、金払わずに降りようとしたりされて、
その時は「こんな仕事もう辞めたる!」思ったらしいけどな(笑)
それでも、きっとそのおっちゃんには今のタクシーが天職なんや思うで。

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今回のポイント

【自分の幸せは自分が決めればいい】





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心を無くしたゾンビで生きてたらアカン!

人が「生きる」っちゅうことは、
単純に「心臓が動いてる」いうことやないねん。

人が「生きる」っちゅうことは、
自分の命を使っていろんな行動をして、
それによって泣いたり笑ったりたくさんの経験をして、
自分の命を全力で味わうっちゅうこと、
それがホンマの意味で「生きる」いうことやねん。

せやから、毎日仕事もせんとプラプラしてたり、
何もやる気がなくて毎日ポケーっと1日中テレビ見てたり、
そういう人は心臓は動いていても心は死んでんねん。

体は動いてるんやけど、心は渇ききってんねん。
一言で言うたらゾンビみたいなもんやねん。
そういう状態はホンマに生きてるとは言えへんねん。
昔、北斗の拳で「愛を取り戻せ~♪」て歌ってたけども、
ただ体が動いてるだけのゾンビは「心を取り戻せ~♪」やねん。

ま、人がそういうゾンビ状態になるいうことは、
その人にもそれなりの理由があったんやと思うねん。
信頼してた人に裏切られたのかもしれへんし、
夢に破れてもうどうしてええのか分からんのかもしれへんし、
仕事で理不尽なことがあって何もかも嫌になったのかもしれへん。
せやけど、一時的に心を無くしてゾンビ状態になってるとしても、
いつまでもそんなゾンビでおったらアカン!

今はまだ柔らかいコンクリートの中を歩いてるとしても、
ずっとそのままでおったら徐々に固まってまうで!
そしたら、もうカッチカチに固まって抜け出せへんようになるで!
人生取り返したくてもどこにも行けへんようになってまうで!
「今だけはゾンビでもええわ~」思ってるとしても、
いつの間にかそのゾンビ状態がホンマの自分になってまうで!
そんで、実際にそんな状態になった人も世の中たくさんおるんやで!

ま、それでも、たまにはゾンビになってもええ思うねん。
生きてると人生いろんなことがあるから少しくらい無気力になったり、
人生、たまにはそういう状態になって休んでもええ思うねんけど、
最後はちゃんと心を取り戻してホンマの意味で再び生きることやで。

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今回のポイント

【今の自分は本当の意味で生きているか?】





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絶対に必要な物ちゃうなら無理して買うことないねん

この前、駅前のイオンモールに行ってフラフラしてたら、
めっちゃオシャレなバッグが3万で売ってて「欲しい!」思ったんや。

そんで、買おうか、やめとこか20分くらい悩んで、
私の頭の中で天使と悪魔が大戦争を繰り広げてたんや。

せやけど、冷静になってよう考えてみたら、
私は家にバッグが4つくらいあんねん。
ということは、私はこのバッグが「欲しい」だけであって、
別にこのバッグが「絶対に必要」なわけやないことに気づいたんや。

自分が何かを買おうかどうしようか迷うっちゅうことは、
その物が「どうしても自分に必要な物」なわけではなくて、
ただ、「自分が欲しい物」っちゅうだけの話やねん。

そもそも、自分に絶対に必要な物やったら迷わへん。
迷うことなくすぐに買ってるはずやねん。

例えば、砂漠で喉がカラカラでぶっ倒れて死にそうな時、
目の前に飲み物の自動販売機があったとしたら、
「買おうかな?やめとこかな?どうしようかな?」思わへん。
それは自分にとって「絶対的に必要な物」やから迷わへん。
迷うことなく誰でもすぐ買うはずやねん。
通常の10倍の値段だとしても迷わへん。
速攻で小銭をチャリンチャリン投入するはずや。

せやから、買おうかやめよか迷ってる時点で、
その物は自分にとってホンマは必要な物ではないねん。
自分が「欲しい物」は必ずしも「必要な物」ではないねん。
自分にとって必要な物は買えばええけど、
ただ「欲しいだけ」の物は無理せずに我慢すればええねん。
っちゅうことで、私はバッグを買うのを諦めたいう話や(笑)

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今回のポイント

【「欲しい物」は必ずしも「必要な物」ではない】





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みんな思い込みの世界で生きてんねん

この前、近所にある広い森林公園の中を散歩していたら、
2人の幼稚園児が空を見ながらこう言うてたんや。

幼稚園児A : なぁ、あの雲ってバナナに見えへん?
幼稚園児B : ホンマや!バナナや!バナナ!
幼稚園児A : あっ!見てみ!あっちの雲はリンゴに見えるで!
幼稚園児B : ホンマや!リンゴや!リンゴ!

ま、私も子供の頃は同じように雲の形を見ながら、
「あの雲は○○に見えるで!」言うて遊んでたし、
誰もが子供の頃はそういう遊びをしたんちゃうかな?

そんで、何が言いたいのかっちゅうとな、
ホンマは雲は雲であってバナナでもリンゴでもないねん。
せやけど、自分が「あの雲はバナナに見えるで!」思ったら、
ホンマにその雲がバナナに見えてまうし、
その雲が車に見える思ったらホンマに車に見えてくんねん。
つまり、同じ雲でも見る人が違ったら違うもんに見えるんや。

そんで、それは普段の生活でもそうやねん。
「この人は悪そうな人やな」思ったら、
ホンマにその人が悪い人に見えてくるし、
「この食べ物は体に良さそうやな」思ったら、
ホンマにそれを食べたら健康になったように感じてくんねん。

そう考えてみたら、
人間っちゅうのはみんな同じ1つの世界の中に生きていながらも、
それぞれが「自分の思い込みの世界」の中で生きてるのかもしれへんな。
ま、別にそれが悪いわけでもないし、
みんながそれぞれ自分の見たいようにこの世界を見ればええねん。

自分がこの世界をどう見るか?
自分がこの人生をどう見るか?

同じ世界の中に生きていながらも、
それによって自分の目の前に広がる景色は全然変わってくるし、
ある人にはこの世界が楽園に見えてるのに、
ある人にはこの世界が地獄に見えてることもあるわけや。
どうせやったら、自分が楽しくなるようにこの世界を見たらええやん。

ちなみに、公園にいた2人の幼稚園児は雲を見ながら、
「バナナや!リンゴや!」言うてキャッキャしてたんやけど、
私の目にはその雲はビールジョッキに見えたで(笑)
やっぱり、同じものでも人によって見えるもんが違うねん。

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今回のポイント

【自分が気持ち良くなるようにこの世界を見る】





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達磨大師が弟子に教えたかったこと

昔、中国禅宗の開祖とされている人物で、
達磨大師(だるまたいし)いうインド人仏教僧がおってな、
ある日、その弟子が達磨大師に悩みを相談したんや。

弟子 : 私の心の中はいつも不安でいっぱいですねん。
達磨大師 : ほう。それで?
弟子 : この不安を私の心の中から取り除いてくれませんやろか?
達磨大師 : ええよ。そんなん簡単や。やったるわ。
弟子 : ホンマですか!ありがとうございます!
達磨大師 : そんなら、まずその不安とやらを私の目の前に出してくれや。
弟子 : え?そんなことできるわけないやないですか・・・
達磨大師 : ここに出せへんものは取り除くことできへんやん~(笑)

ま、これは一休さんでも似たような話があったわな。
虎を捕まえたるから屏風の中の虎を出してくれいう話な。

そんで、達磨大師は弟子に何が言いたかったのかいうと、
不安いうものは心の中にあるもんであって、
「これが私の不安です」言うて目の前に出すことはできへん。
つまり、不安いうものは実体がないものやねん。
人間っちゅうのはその実体がないもの恐れてんねん。

不安いうものはその人が心の中で勝手に作り出した幻やねん。
実際に起きてることに悩むなら話は分かるんやけど、
不安は現実ではなくて実際にはまだ起きてへんことやねん。
そんな実体のない幻を恐れて悩まなくてもええねん。
そのことを達磨大師は弟子に教えたかったいう話や。

ちなみに、「だるま」って赤くて手足の無い丸い人形あるやん?
あれは達磨大師をモデルにして作られたっちゅう話やで。

しかも、何で「だるま」には手足が無いのかいうたら、
達磨大師は洞窟の岩壁に向かって9年も座禅を組んで修行した結果、
手足が腐って無くなってもうたいう話やで。
正直、アホやな(笑)

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今回のポイント

【実際に起きていないことで悩まない】





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