死ぬっちゅうことは服を脱ぐことと同じやで!

人は誰もがいつかは必ず死ぬんやけど、
誰もが「死ぬ」っちゅうことを特別視し過ぎやねん。

ええか?人が死ぬっちゅうことは肉体を脱ぐことやねん。
もっと簡単に言えば、死ぬっちゅうことは、
自分が今着てる服を脱ぐっちゅうことと同じやねん。
「自分が今着てるTシャツを脱ぐ = 死」やねん。

いや、別に冗談で言うてるんやなくて、
究極的には「死」いうのはそういうことやねん。
究極的には死ぬいうことは服を脱ぐのと同じやから、
ホンマはそこに悲しみも葬式も必要ないねん。

自分が脱いだ服を見ても別に悲しくないやろ?
自分が脱いだ服に対して葬式したりせえへんやろ?
古い服が破れたら新しい服を着ればええだけの話や。
ま、ブランドの高い服が破れて捨てなあかんときは泣くけどな(笑)

とはいうても、人が死んだら悲しいわな?
自分の好きな芸能人が死んだら残念やろうし、
ましてや自分の大切な家族が死んだら泣き叫ぶやろうし、
それは人として当たり前の感情やからそれは否定せえへんし、
そのことに対してとやかく言うつもりはないねん。
ただ、究極的にはそういうことやねん。

ま、この話は魂とか、輪廻とか、色即是空の「空」とか、
そういうことを理解してへんかったら伝わらへん話かもな。

ちなみに、悟った人間は人が死んでも泣かへんのかいうたらちゃうで。
昔、村の人から悟ってる言われてた有名な坊主がおったんやけど、
自分の一番弟子が死んだ時にその坊主はワンワン泣いたんや。
ワンワン泣いたいうても、その坊主は犬ちゃうで(笑)

そしたら、村の人らはこう言うたんや。
「この坊主は悟ってるくせに泣いてるやん!おかしいやん!」

そんで、その坊主は悟ってへん言われて村を追い出されたんやけど、
別にその坊主は悟ってなかったわけちゃうねん。
悟ってても自分の大切な人が死んだら悲しいのは当然やねん。
自分の大切な人が死んだら思いっきり悲しんで泣けばええねん。

せやけど、その坊主は死がどういうものかをちゃんと理解してて、
「死 = 服を脱ぐこと」やと分かってたもんやから、
弟子の死を悲しんで泣いたとしてもその感情を引きずることはないねん。

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今回のポイント

【肉体は魂の服である】





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