絶対に必要な物ちゃうなら無理して買うことないねん

この前、駅前のイオンモールに行ってフラフラしてたら、
めっちゃオシャレなバッグが3万で売ってて「欲しい!」思ったんや。

そんで、買おうか、やめとこか20分くらい悩んで、
私の頭の中で天使と悪魔が大戦争を繰り広げてたんや。

せやけど、冷静になってよう考えてみたら、
私は家にバッグが4つくらいあんねん。
ということは、私はこのバッグが「欲しい」だけであって、
別にこのバッグが「絶対に必要」なわけやないことに気づいたんや。

自分が何かを買おうかどうしようか迷うっちゅうことは、
その物が「どうしても自分に必要な物」なわけではなくて、
ただ、「自分が欲しい物」っちゅうだけの話やねん。

そもそも、自分に絶対に必要な物やったら迷わへん。
迷うことなくすぐに買ってるはずやねん。

例えば、砂漠で喉がカラカラでぶっ倒れて死にそうな時、
目の前に飲み物の自動販売機があったとしたら、
「買おうかな?やめとこかな?どうしようかな?」思わへん。
それは自分にとって「絶対的に必要な物」やから迷わへん。
迷うことなく誰でもすぐ買うはずやねん。
通常の10倍の値段だとしても迷わへん。
速攻で小銭をチャリンチャリン投入するはずや。

せやから、買おうかやめよか迷ってる時点で、
その物は自分にとってホンマは必要な物ではないねん。
自分が「欲しい物」は必ずしも「必要な物」ではないねん。
自分にとって必要な物は買えばええけど、
ただ「欲しいだけ」の物は無理せずに我慢すればええねん。
っちゅうことで、私はバッグを買うのを諦めたいう話や(笑)

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今回のポイント

【「欲しい物」は必ずしも「必要な物」ではない】





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ルールは破ってもええ時もあんねん

人が生きていくためにはルールは大事なんやけど、
別にそれらがいつも必ずしも絶対的に正しいわけやないねん。
だってそれは人間が自分らで勝手に決めたことであって、
神様がそのルールを決めたわけちゃうからな。

例えば、不倫したら世間からバッシングされるけども、
それは人間が「不倫はルール違反」いうことにしたからや。
せやけど、ホンマは不倫にええも悪いもないねん。
それを「悪い」て人間が決めたから悪いことになっただけの話や。

つまり、この世で何がええのか、悪いのかいう判断は、
全て人間が自分らで勝手に決めたっちゅうことや。

別にこの社会のルールを軽視してるわけちゃうで。
ルールが無かったらこの世は無茶苦茶になるで。
何でもありの好き勝手やりたい放題の世界になるで。
力こそ全てで強い奴だけが生き残る北斗の拳の世界みたいになって、
力がある奴らが「ヒャッハー!」叫んでる世界になるで(笑)

せやから、ルールは大事やけどもそれだけに縛られるんやなくて、
ルール上では「ダメ」でも自分の純粋な気持ちが「OK」なら、
時にはルールを破ってもええこともあんねん。

社会的に不倫はルール違反やとしても、
互いが本気なんやったら不倫も貫けば純愛になることもあるで。
それで結果的に幸せになってる人も実際にいてるで。

腹が減って死にそうな状況で目の前にスイカ畑があったとしたら、
ルール上はそのスイカを食べたら泥棒になるんやけども、
そこは食うたらええやん。死ぬくらいやったら食えばええやん。
後で理由を説明したらたぶん許してくれる思うで。

道路の真ん中に人が倒れてんのに信号がまだ赤やからいうて、
その信号が青になるまで待ってたらアホやろ?
そこは信号が何色だろうとダッシュで助けるやろ?

ラーメン屋で飯食ってる時に大地震が来たら逃げるやろ?
ちゃんと金払ってから逃げる奴なんかおらへんやろ?
そもそも、金払おう思ても店員も逃げてるいうねん(笑)

そんな感じでルールを守るのは当然のことなんやけども、
時にはルールを破ってもええこともあるいうことや。
もちろん、ルールを破ったことによる責任は取らなあかんけどな。

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今回のポイント

【ルール < 自分の魂の純粋な気持ち】





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一休宗純が好きやねん

昔のアニメで「一休さん」って知ってるやろ?
そのモデルとなったのは室町時代の臨済宗大徳寺派の僧で、
「一休宗純」っちゅう実在した坊主いう話は有名なんやけど、
昔、その一休宗純の知人に孫ができたらしくて、
その知人が一休宗純に何かめでたい言葉を書いてくれ言うたらしいねん。

そしたら、一休宗純は「めっちゃめでたい言葉書いたるわ!」言うて、
自信満々に次の言葉を書いたらしいんや。

「親死に、子死に、孫死ぬ」

何かめでたい言葉を書いてくれて頼んだのに、
「死ぬ」とか書かれた知人はめっちゃ怒って、
「なんやこのクソ坊主!縁起でもない!これの何がめでたいんやボケ!」
そう言って知人はプンプン怒ったらしいねん。

せやけど、一休宗純は何でこんな言葉を書いたのかいうたら、
人は誰もがいつかは必ず死ぬ時が来るもんやから、
まずは最初に親が死に、次に子供が死に、最後に孫が死ぬ。
その順番通りに死んでいくことこそがその家にとっての幸せであり、
それが一番その家にとってめでたいことなんやいう意味で言うたんや。

そういう意味が込められてるんやったら「なるほどな」て思うんやけど、
正直、一休宗純もそんな誤解されるような言葉やなくて、
もっと分かりやすい他の言葉を選んで書いたれや思うけどな。

ま、とんちで有名な一休宗純だからこそ、
そこはあえて普通のことは書かへんかったのかもしれへんな。
それとも、ただのへそ曲がりだったのかもしれへんけどな(笑)
でも、私はそんな一休宗純が面白くてめっちゃ好きやねん!

すきすきすきすき すき すき あいしてる♪
すきすきすきすき すき すき いっきゅうさん ♪

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今回のポイント

【本来の順番で死ぬのが幸せなことである】





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スピババさんのつぶやき その20

雨の降らない空はありえへん。
波の立たない海はありえへん。
泡の出ないビールはありえへん。
チャーシューが入ってないチャーシューメンはありえへん。
それらと同じように、
「悩みや苦しみのない人生」もありえへんのや。



アホな人間っちゅうのは歩いてて転んだら落ちてる石のせいにすんねん。
石が落ちてなかったら自分が履いてた靴のせいにすんねん。
つまり、アホな人間っちゅうのは何でも自分以外のせいにすんねん。



自分が何かの答えを必死で探してやっとその答えを見つけた時、
「は?私が探してたのはこんなことやったん?アホらしわ~」て、
そんなふうに思う時があったとしてもそれは別に無駄なことやないで。
その答えを探したからこそ「アホらしい」いうことに気付けたわけで、
もし、自分がその答えを全然探してなかったとしたら、
ずっとそれが「アホらしい」いうことには気付けなかったわけやからな。



旅行に行った時にずっと写真や動画を撮ってばかりの人もおるやん?
写真や動画を撮って思い出を残すことに必死になるのもええんやけど、
せっかく旅行に来たんやからその場所にいる「今」を楽しめばええやん。
写真や動画を撮るのもほどほどにしといて、
今しか味わえへん気持ち、景色、空気をもっと楽しめ思うねん。



ホンマに本気で何かをやるんやったら退路を断てや。
「もうやるしかない!」、「もう前に進むしかない!」
戻りたくても戻れへんいう場所に自らを追い込むんや。
そしたら、いくら不安や恐れがあってもやるしかなくなんねん。
人間っちゅうのはホンマはみんな強くできてるんやで。
覚悟して腹くくったら自分でも知らへんかった強さが出てくるもんやで。



風呂場でワキ毛を剃ってる時に改めて思ったんや。
「何でワキ毛は頼んでもないのに勝手に生えてくんの?」
自分の体なのに自分の意志とは関係なく勝手に生えてくるやん。
自分の体でありながら自分で自分の体を操作できへんやん。
そう考えたら、当たり前のように「自分の体」と思ってるこの体、
もしかして、ホンマは「自分の体と違うんちゃう?」思うねん。
じゃ、誰がその体のコントローラーを動かして操作してるのか言えば、
ま、一言で言えばそれを人は「神様」て言うたりするんやろな。



「手抜き」っちゅう言葉があるけど、
たまには手を抜く時があってもええんやで。
ただ、そこで「これは手を抜いてもええことか?」、
それとも、「これに手を抜いたらアカンことになるか?」、
その判断は絶対に間違えたらあかんけどな。
ま、間違えてもそれは全部自分に跳ね返ってくるだけやから、
結局、自分自身でケツ拭くことになるけどな(笑)



人の目が気になるっちゅうのは、
相手が自分を意識してくるから気になるいうよりも、
自分が相手を意識してるから気になるんや。
つまり、自分が相手を意識しなかったらええねん。
そもそも、人なんて自分が思ってるほどこっちのこと見てへんで(笑)



有名ブランドの服を着て、
高級なバッグを持って、
大きなダイヤモンドの指輪をはめて、
キラキラしながら外を歩くのもええんやけど、
外見を一流にしたんやったら中身も一流にせな。
ウンコが一流のファッションに身を包んでも結局はウンコやで。
ホンマの一流の人は中身もちゃんと一流やで。



生きてたら「もう死んでしまいたいわ!」思う時もあるし、
それは1回や2回やなくて何十回も思う時があったかもしれへん。
せやけど、あんたは今こうして生きてるやん。
今まで何度も「死にたい!」言うてたことがあったとしても、
あんたはまだこうして実際は生きてるやん。
結局、何だかんだ言うても乗り越えて来れたやんやろ?
せやから、今あんたが「死にたい」思ってたとしても、
今までだって乗り越えて来れたんやから今回も大丈夫やで~。



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みんな思い込みの世界で生きてんねん

この前、近所にある広い森林公園の中を散歩していたら、
2人の幼稚園児が空を見ながらこう言うてたんや。

幼稚園児A : なぁ、あの雲ってバナナに見えへん?
幼稚園児B : ホンマや!バナナや!バナナ!
幼稚園児A : あっ!見てみ!あっちの雲はリンゴに見えるで!
幼稚園児B : ホンマや!リンゴや!リンゴ!

ま、私も子供の頃は同じように雲の形を見ながら、
「あの雲は○○に見えるで!」言うて遊んでたし、
誰もが子供の頃はそういう遊びをしたんちゃうかな?

そんで、何が言いたいのかっちゅうとな、
ホンマは雲は雲であってバナナでもリンゴでもないねん。
せやけど、自分が「あの雲はバナナに見えるで!」思ったら、
ホンマにその雲がバナナに見えてまうし、
その雲が車に見える思ったらホンマに車に見えてくんねん。
つまり、同じ雲でも見る人が違ったら違うもんに見えるんや。

そんで、それは普段の生活でもそうやねん。
「この人は悪そうな人やな」思ったら、
ホンマにその人が悪い人に見えてくるし、
「この食べ物は体に良さそうやな」思ったら、
ホンマにそれを食べたら健康になったように感じてくんねん。

そう考えてみたら、
人間っちゅうのはみんな同じ1つの世界の中に生きていながらも、
それぞれが「自分の思い込みの世界」の中で生きてるのかもしれへんな。
ま、別にそれが悪いわけでもないし、
みんながそれぞれ自分の見たいようにこの世界を見ればええねん。

自分がこの世界をどう見るか?
自分がこの人生をどう見るか?

同じ世界の中に生きていながらも、
それによって自分の目の前に広がる景色は全然変わってくるし、
ある人にはこの世界が楽園に見えてるのに、
ある人にはこの世界が地獄に見えてることもあるわけや。
どうせやったら、自分が楽しくなるようにこの世界を見たらええやん。

ちなみに、公園にいた2人の幼稚園児は雲を見ながら、
「バナナや!リンゴや!」言うてキャッキャしてたんやけど、
私の目にはその雲はビールジョッキに見えたで(笑)
やっぱり、同じものでも人によって見えるもんが違うねん。

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今回のポイント

【自分が気持ち良くなるようにこの世界を見る】





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